2019年8月23日金曜日

【緊急告知】今後の、研究誌「海外植民学校と比佐衛」について

■さきごろ…

これまで、6号にわたり、研究誌「海外植民学校と比佐衛」を、精力的に刊行されてきた、海外植民学校の創立者である崎山比佐衛の実弟、崎山松吾氏の孫にあたる、松原征男氏が、去る令和元年5月28日に永眠されたとの報に接しました。
http://blog.livedoor.jp/rail777/archives/52096216.html


2015年8月1日の、北沢川文化遺産保存の会の「第1回 研究大会」で、海外植民学校について発表する松原氏


私がお目にかかった、海外植民学校関係者としては、
平成27年1月14日に亡くなった、松吾氏の次男盛繁氏
平成29年初冬に亡くなった、植民学校の寄宿舎の後身である、片野敬之助経営の植民義塾の出身者で、第6号に「植民義塾と片野先生 」をご寄稿いただいた斉藤秀雄氏
に次ぐ、3人目の訃報となってしまいました。

■「体調がすぐれない」…

とのお話は一昨年秋ごろに伺っていたのですが、それでも、雑誌の第7号の刊行への熱意は捨てることなく、7号の目次の案文や、同号に掲載予定の「校長の裸踊り ―学校ストライキ―の草稿が送られてきました。

研究誌の全体像の中で、松原氏の構想では、8号からは、比佐衛が昭和7年に一家をあげてブラジルのアマゾナス州マウエスに移住後の時代を順次採り上げる予定でしたので、せめて、比佐衛が日本にいる時期については、松原氏のご存命中に刊行できればよかったのですが、それが一番の心残りです。

■残念ながら…

「海外植民学校と比佐衛」誌については、こちらでは、松原氏による従前の配布先を全くうかがっておらず、冊子の形での刊行を継続することは不可能です。
しかし、最小限の割付した、初校待ちの状態で残されている上記の松原氏の遺稿のほか、比佐衛の義理の甥で養子縁組の結果弟でもある崎山信義のご長女のひろみさんご提供の貴重な文献リスト、さらに、当方で8号以降のアマゾン篇ために調査したデータ(一部はすでに当ブログで採り上げておりますが)やそれを基に書き溜めた草稿類など、このまま日の目を見せずに埋没させてしまうのはあまりに惜しいものもありますので、今後、随時ネット上で公開してゆくことにいたしました。

■加えて…

既刊の雑誌についても、一部の著作権法上問題のありそうなものを除いたうえで、随時公開することも計画しております