2016年8月17日水曜日

書籍「アマゾン 日本人移住八十周年」

■オークションに…

ブラジルの「ニッケイ新聞社」が平成22年8月に発行した、この本


が出ていましたので、落札しました。
 
■ブラジルの…
 日系人を採り上げた本は、サンパウロをはじめとするブラジル南部を中心とするものがあらかたで、たとえば、数年前に入手した
 
ブラジル移民資料館ほか・編「目で見るブラジル日本移民の百年」風響社/2008年・刊
 
でも、北部のアマゾン川流域については、ほとんど「ついで」に触れている程度。
 
 今回の本は、アマゾン移住に特化した書籍でしたので、それなりに期待が持てました。
 
■確かに…
 中ほどの「移住地を訪ねて 連載編」では、9箇所の移住地を訪ね、主として「初代」の日本人移住者に丹念に取材しているのは、評価できるところです。
 
 
 
 
■しかし…
 アマゾナス州のマウエスについては、巻末の年表中でわずかに崎山の移住に触れている程度で「ほとんど無視」といってよい内容でした。
 
 しかし、この地は、崎山比佐衛の移住先(昭和7〔1932〕年9月)、というよりも、むしろ、それに先立つ昭和3〔1928〕年8月23日、同地に到着したアマゾン興業(アマ興)の取締役兼現地支配人の大石小作が率いる、三石久、久保田喜久郎、増田太郎、唐木道雄、羽野鶴雄、尾崎貞吉、石田喜由の7名の若者が、
  • 南米拓殖のパラー州アカラへの植民者(昭和4〔1929〕年9月。なお、その受け入れのため、トメアスーに上陸地点を定め、周囲の開墾に着手したのは4月)よりも、
また、
  • アマゾナス州パリンチンス下流のヴィラ・アマゾニアに植民地選定を兼ねて乗り込んだアマゾニア産業(アマ産)の上塚司たち(昭和5〔1930〕年6月)よりも、
先に、アマゾン川流域で、(少なくとも組織的にという意味では)初めて日本人が斧をふるった地なのですから、それなりの採り上げようもあるはずで、この扱いは、あまりに粗略だし、比佐衛同様にアマゾンの土となった大石に対する礼を失しているというほかありません。
 
■とりわけ…
アマ興の7人の若者のうち唐木、羽野、尾崎の3人は海外植民学校の卒業生。
また、同じく卒業生で昭和4〔1929〕年8月、後の崎山の移住地に、いわば「勝手先遣隊」として入った山之内登は、後にアマ興移民とアマ産との橋渡し役として重要な役割を果たしているのですから、マウエスを無視するかのようなこの本は、当方にとっては「非常に残念な本」だったのでした。


■もっとも…

考えてみると「ニッケイ新聞社」は、サンパウロ所在。
 
 
そこからみると、アマゾン河流域は、意識の中では、未だに「遥か彼方の『ほとんど異国の地』」なのかもしれませんね。
 
 90年史にはぜひ期待したいところです。
 
 

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